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初詣は冨田神社に…人は神にも悪魔にもなれる

木金も休んでた人も含めて、
ついに明日から
正月明けて今年開始。

初詣は実家に帰省する途中にある
「冨田神社」
tomita01.jpg

こちらは名前が冨田さまな事もあって
九州では、ひっそり「宝くじ」のご利益がっっ
て需要があるらしく
ネットで検索すると、当たった人の話なども(苦笑)

境内には、国歌の歌詞にある
「さざれ石」が鎮座し
tomita02.jpg

全体的に古びていますが、手入れは
行き届いていて
更に、小さいながらもトイレなどもあり、
地元の人に守られているな~と
感じます。

お参りは、外からではなく、口を脱いで中に
入る形式で
先客の多分地元の5人家族の方がいたので
少し待って中に
tomita03.jpg

思いっきりお名前とか書いて
あるので、そこは隠して、こんな
感じで、当選を願う方や、
当たった方からのお礼の
小木刀状の絵馬が
沢山あります。

社殿の奥には
この神社に祭られている
祭神
「冨田才治」 様
の遺髪が収められています。

どんな方なのか気になって
調べたところ
唐津一揆に関する記述

の中で、指導者としてその名前があり

唐津の百姓を束ねる大庄屋さまとして
唐津藩の圧政に立ち向かい。

1771年。ネットどころか手紙の行き来
でさえ、不便があった時代に
一万五千人もの農民を結集し、
しかも相手の唐津藩にも
百姓にもまったく血を流す事なく
唐津藩が課した無理難題な要求を
撤回させる事に成功。
唐津の庶民を救った
救国の人物でした。


一揆が成功後、面目丸つぶれ
な唐津藩は、また同じような
一揆の発生を恐れて、唐津藩は
執拗に一揆の首謀者探しを
はじめ、ほかの百姓の迷惑に
なるのを危惧して、
なんと自ら出頭し、
明和九年(1772)三月十一日西の浜で処刑されたのである。 
年四十八才

処刑後、藩内の農民、漁民たちがその一身を犠牲にして
自分達を救ってくれた冨田才治への感謝と供養のため
に、地蔵を作り、更に、この冨田神社ができた
との事です。

大庄屋でしたので、自分だけ保身に走り
見て見ぬふりもできたし、
探索が厳しくなった時
逃亡を図る事もできたろうに
身を捨てて自分の善と思える事を
実行できた冨田才治は
人でありながら神さま
であったと思います。


ニュースで鬼畜な人のニュース
を見聞きすると、
人って神にも悪魔にも
慣れるほんとうに不思議な
生き物だと改めて感じます。

神になれるほど、強くはありませんが
今年も畜生には墜ちないように
人として過ごそうと
正月から誓った良い参拝でした。

場所などは
グーグル検索結果↓
富田神社

  1. 2018/01/08(月) 16:13:32|
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