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萬子媛(まんこひめ)が作った祐徳稲荷神社…伏字〇したくなる

先週、祐徳稲荷神社
に行ってきやした。

全国的な知名度はあまりない気もしますが、
年間300万人の参詣者は、九州では大宰府に
続くナンバー2の人気スポット。
福岡からは車で1時間半くらいですが、

福岡から、佐賀へはおいらの家からだと
三瀬峠を超えて行くのが早いんですが
当日は
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すげぇ山の上は雪積もってて、
ノーマルタイヤでも良いと道路情報で
言ってたもののドキドキでした。

なんとか、約2時間で
鹿島市に到着。
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目の前には、
ムツゴロウなどが有名な
有明海が広がります。
平日、クソ寒い日なので誰もいない…

道の駅 太良 たらふく館で、
カキご飯を食べて
物産を買い
…あ、カキご飯なかに
カキが15個くらい入ってて
すげぇ…
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で、目的地の祐徳稲荷神社

参道は平日、クソ寒い日の15時ごろて事で
多い日は人でにぎわう場所もご覧の通り
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お店の看板猫も暇そう。
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ちなみに、どのお店も、恐ろしく招き猫推しで
厳島神社や、大宰府など、いくつか見たことある
参道の中のどこよりも招き猫の物量が
多くて、猫グッズ好きのおいらは狂喜乱舞。

つい一個買ってしまった…


そして、見えてきた
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なっなんじゃこりゃw

親切ではあるんですが、ガラスがキラキラしてる奴
エレベーターみたいで
これで楽に本殿にお参りできます…

が、近代的過ぎて困った(苦笑)

ちなみに、ちゃんと本殿の方だけ
写真に収めると
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貞享4年(1687年)創建の趣が感じられます。

まあ、それにしてもこの舞台の上に
本殿があるスタイルと言えば~
ご存じの京都の清水寺そっくりですが
実際、意識して作ったみたいで、
清水寺よりも規模を大きくしてるらしく
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高いんですが、清水寺と違って山の上に
ある訳ではないので景色は
やはり清水寺です流石に…


この祐徳稲荷神社

鹿島藩主鍋島直朝夫人で、後陽成天皇の孫・左大臣花山院定好
の娘の萬子媛(まんこひめ)が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の
御分霊を勧請したのに始まる。


萬子媛(まんこひめ)

すまん。
心が清くないのでどうしても名前に〇とか
伏字入れたくなる凄い名前のお姫様ですが、

かつて、村おこしで作った銘菓が姫にちなんで

「萬子姫饅頭(まんじゅう)」

略して…まんこまん(涙)

発売は2007年くらいみたいですが、残念ながら今売ってません
でした…


更に、萬子媛は、この地域のお殿様の奥方なので、
もちろん、鹿島藩からは手厚い保護を受け、
歴代の藩主の鎧兜が、びっくりするくらい
ズラリと並ぶ祐徳博物館

が駐車場の横に併設しておりまして、300円くらいですし
見て欲しいと願うくらい、鎧と刀は全部本物展示で
迫力です。

もちろん萬子媛コーナー
も一角にあるんですが
姫は京都から来たお姫様なので、京都から
お嫁入の時持ってきたのか、雅な
遊び「貝合わせ」
も展示されてますが、名前とリンクして
しまうオイラはほんとエロい事しか考えてないのか…
と反省。
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もちろん、お稲荷さまも居て
こちら、雌のお稲荷さまは
表情も可愛いです…

福岡から以外に近いのも分かったし
また、今度は暖かくなって行きたいと
思いました。


  1. 2018/01/24(水) 21:00:35|
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初詣は冨田神社に…人は神にも悪魔にもなれる

木金も休んでた人も含めて、
ついに明日から
正月明けて今年開始。

初詣は実家に帰省する途中にある
「冨田神社」
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こちらは名前が冨田さまな事もあって
九州では、ひっそり「宝くじ」のご利益がっっ
て需要があるらしく
ネットで検索すると、当たった人の話なども(苦笑)

境内には、国歌の歌詞にある
「さざれ石」が鎮座し
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全体的に古びていますが、手入れは
行き届いていて
更に、小さいながらもトイレなどもあり、
地元の人に守られているな~と
感じます。

お参りは、外からではなく、口を脱いで中に
入る形式で
先客の多分地元の5人家族の方がいたので
少し待って中に
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思いっきりお名前とか書いて
あるので、そこは隠して、こんな
感じで、当選を願う方や、
当たった方からのお礼の
小木刀状の絵馬が
沢山あります。

社殿の奥には
この神社に祭られている
祭神
「冨田才治」 様
の遺髪が収められています。

どんな方なのか気になって
調べたところ
唐津一揆に関する記述

の中で、指導者としてその名前があり

唐津の百姓を束ねる大庄屋さまとして
唐津藩の圧政に立ち向かい。

1771年。ネットどころか手紙の行き来
でさえ、不便があった時代に
一万五千人もの農民を結集し、
しかも相手の唐津藩にも
百姓にもまったく血を流す事なく
唐津藩が課した無理難題な要求を
撤回させる事に成功。
唐津の庶民を救った
救国の人物でした。


一揆が成功後、面目丸つぶれ
な唐津藩は、また同じような
一揆の発生を恐れて、唐津藩は
執拗に一揆の首謀者探しを
はじめ、ほかの百姓の迷惑に
なるのを危惧して、
なんと自ら出頭し、
明和九年(1772)三月十一日西の浜で処刑されたのである。 
年四十八才

処刑後、藩内の農民、漁民たちがその一身を犠牲にして
自分達を救ってくれた冨田才治への感謝と供養のため
に、地蔵を作り、更に、この冨田神社ができた
との事です。

大庄屋でしたので、自分だけ保身に走り
見て見ぬふりもできたし、
探索が厳しくなった時
逃亡を図る事もできたろうに
身を捨てて自分の善と思える事を
実行できた冨田才治は
人でありながら神さま
であったと思います。


ニュースで鬼畜な人のニュース
を見聞きすると、
人って神にも悪魔にも
慣れるほんとうに不思議な
生き物だと改めて感じます。

神になれるほど、強くはありませんが
今年も畜生には墜ちないように
人として過ごそうと
正月から誓った良い参拝でした。

場所などは
グーグル検索結果↓
富田神社

  1. 2018/01/08(月) 16:13:32|
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